「冬場に野菜の出荷場を改修する」と決めて、
空き時間にどんどん進めてます。
土と消石灰でできる三和土(たたき)での床作り(←完了)、
1階と2階の間にある天井の解体(←完了)、
無垢の杉板での壁の板張り(←途中)、
壁の土塗り(←途中)、
机と棚作り(←未着手)、
と、こんな感じです。
大雑把にいうとこれだけやねんけど、この作業に入る前には、
柱の補修をしたり、いらない材を解体したり、片付けしたりしたりと、
こまごまとした作業が大量に、そして予想だにしないことまでも多発するし、
その上、これから改修で使う材料の下準備が実はすっごい大変で、
日々じみーな、実にじみーな作業の連続です笑。
例えば、すでに完了した三和土のことやけど、こんな感じでした。
良質な土が1トンぐらい必要、
でも畑からそんなに大量には持ってこれない、
河川工事中の土建屋さんに交渉→訪ね歩く、
許可をもらって軽トラ4杯分を運ぶ(ここにも色々とあった)、
土の中にある無数の石を取り除く、
土を細かくほぐす、
あわせて、砕石をもらいにいく、
消石灰を購入する、
予定地の地面を掘って整地する、
柱の補修が必要なことに気づく、
ジャッキで建物を持ち上げ、柱を切断→入れ替え、
ここまでが準備段階で、
ここから、
土と砂利と消石灰を混ぜて、予定地に広げる
均す、
叩きまくる、
と書けば簡単そうやけど、全面積が12畳、全量が1トン以上となると、
もう、じみーな、じみーな作業を延々とやるような感だったりします。
土壁も同じくやけど、
土を300kgぐらい運んできて、
石を取り除いたり、
混ぜる藁を切ったり、
混ぜる砂を大量に運んできたり、
竹を切って竹小舞を補修したりと、
なんか地味やけど、とにかく下準備だけで時間がかかる。
これがまた日々使う出荷場のことやから、出荷作業に邪魔にならないように、
一部を改修しては片付け、出荷作業ができる状態に戻す必要があって、
思うようにダーっと一気に進めることはできません。
それでもほんの少しずつやけど日々形になってきて、
普段の出荷作業がやりやすくなったり、気持ちいい空間になったりしていくんは、
最高に楽しくて気持ちよくて、
それがまた、材料が土と木がメインになるわけで、すっごい手間がかかるけど、
あぁ、身近な材料を使って自分達で暮らしを作る、ってこんなにも素晴らしいものなんやぁと実感したりもします。
土壁用の藁の切断。もはや仕事と、趣味と、子守をかねた最高の時間でした。
実は、出荷場の改修とは別に、
大工さんと水道屋さんにお願いして、離れの一室にトイレ作りをお願いしています。
(トイレはまだ僕にはできません!)
今日で大工さんの持分は完了したので、明日から自分で水道&排水用の土木工事をして、
水道屋さんにそれ以降の作業をお願いする予定です。
トイレの話もすっごい色々あるねんけど、それはまた完成してから。
更に、これとは別に、建てたいと思っていた育苗用のビニールハウスのことも、もしかしたら進みそうです。
畑にしても改修にしてもハウスにしても子育てにしても、
色んなことが並行して進んでるから、冬の農繁期やのに頭の中は超フル回転(笑)。
ただこれも、ここには書ききられへんぐらい、色んな方々の助けやご縁があったことに、本当に感謝感謝です。
思えばサラリーマン次代は一日中パソコンの前に座ってばかりで、人間関係は決して濃厚ではなかったんやなぁと思う。
職場の上司や先輩・後輩には恵まれてたし、今でもたまに思い出しては感謝してるけど、
その関係性は仕事上必要なだけで、生きる上での必要性はあんまりないから、
「付き合い」という枠組み以上になることは、自分の場合は少なかった。
でも、田舎で独立してみると、小さい家族の限界なんかしれてるから、色んな人の力が必要になってくる。
人に活かされていることが分かり、そのお陰で自分が生きていけるということが本当に実感できる。
また時には人を活かし、感謝される。
こうして、その人それぞれの個性を発揮して他人の生活を支えあうことが、
本当の付き合いなんやなぁと気づくようになった。
これは都会でも同じはずやけど、社会が巨大化しすぎてすっごい分かりにくくなってるし、
だいたいがお金だけで解決されてしまうから、本当の付き合いの必要性もあんまりない。
一方、田舎にくると社会が小さく、みんながそれぞれ生きていることが分かるから、
人間関係も必然的に濃厚になっていく。
田舎って、自然環境だけじゃなく、人として生きるのにも大事なことやなぁと思う。
いやー、それにしても進むときは色んなことがどんどん進む。
そして、間違いなく、
本気で想っていないと進まない!
コメント